元プロ野球選手でコーチ・監督・解説を務められた関根潤三氏が亡くなられました。93歳でした。

現役時代は近鉄・巨人で活躍され、非常に人気の高い選手でした。

引退後は、広島・巨人・大洋・ヤクルトの監督を歴任されました。

今回は、関根潤三さんの死因・病院・現役時代や引退後のご活躍の様子を調べました。

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関根潤三の死因は?

充実した野球人生を送り、多くのファンに愛された関根潤三さんが亡くなられました。

死因は、老衰でした。

ファンの中には、老衰と知って少しホッとしたとコメントしてらっしゃった方もいました。

穏やかに天国に旅立たれたことを願います。

まさに大往生ですね。
長年に渡り野球界のために本当にお疲れ様でした。
投打に渡る大活躍の現役時代はリアルタイムでは見ていませんが長嶋監督1年目にヘッドコーチを務めその後大洋監督として後任に長嶋招聘に動いたりヤクルト監督として一茂を獲得したりとミスターのよき理解者としても活躍されていた姿はよく覚えています。
また飄々としながらも実に鋭い解説を聞くのが長年の楽しみでした。
これからも天国から後輩たちを温かく見守り下さいませ。

心から、ご冥福をお祈りいたします。

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関根潤三の病院は?

関根潤三さんが入院されていた病院の名前は公表されていませんが、東京都内の病院でお亡くなりになりました。

葬儀・告別式は家族葬で行われるそうです。

喪主は関根潤三さんの長男、優一さんです。

関根潤三さんの解説が好きだった、勉強になったという人は多いです。

わかりやすい解説者の1人でした。

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関根潤三の経歴

関根潤三さんは旧制日大三中(現日大三高)から法大へ進み、東京六大学リーグ歴代4位の通算41勝(30敗)を挙げました。

法大でバッテリーを組み、のちに広島、ダイエーなどで監督を務めた根本陸夫氏(1999年に死去)は日大三中時代からの親友です。

同世代のライバルには、のちに中日のエースとなる明大・杉下茂氏がいました。

4年生の49年秋には東京六大学選抜の一員として、戦後初の日米野球で来日した3A球団サンフランシスコ・シールズを相手に好投しています。

プロ野球が2リーグに分立した50年、球団創設1年目の近鉄に入団。

投手として通算244試合に登板し65勝94敗、防御率3・43の成績を残すとともに、打力を買われて野手としても出場しました。

投手では、57年に2試合に登板したのを最後に外野手に専念。

65年に巨人でプレーした後、引退されました。

通算打撃成績は打率・279、1137安打、59本塁打、424打点。

オールスターには史上初めて投手と野手の両方で出場しました。(投手で1度、外野手で4度。日本ハム・大谷翔平=現米大リーグ、エンゼルス=が2人目)。

大谷選手の出現で注目を浴びた“二刀流”について、関根潤三さんはかつて、サンケイスポーツのインタビューで「僕は“二刀流”といっても、どちらも二流で終わったものね」と語っていました。

引退後は70年に広島で打撃コーチを務め、衣笠祥雄選手らを指導。

75年は巨人のヘッドコーチ、76年は2軍監督として、長嶋茂雄監督を支えました。

82-84年は大洋で、87-89年はヤクルトで監督を歴任。

Aクラスは83年(3位)の1度だけながら、ヤクルト監督時代は池山隆寛選手、広沢克己選手らを主力に育てるなど若手の育成に定評がありました。

その後は産経新聞、フジテレビ、ニッポン放送などで解説を務め、ソフトな口調ながら、プレーの善しあしをはっきりと口にして人気を博しました。

2003年に野球殿堂入りされています。

どちらも二流なんてとんでもない

1000本安打は言うまでもなく、通算で10勝も出来ないまま辞めていく選手が多いんだからとても偉大だと思うけどな。10勝以上を6シーズンって考えただけでも驚異的。ご冥福をお祈りします。

ヤクルトファンです。
関根さんが亡くなられたか…。
90年代の野村政権がヤクルト黄金時代というが、その基礎を築いたのは間違いなく関根さん。
広沢、池山、荒井、栗山、笘篠、秦、一茂?、内藤、川崎、加藤…、野村政権時代へ繋ぐ際、根気良く育てた選手が一気に花開いたイメージ。
采配はともかく、若手の育成に関しては光るモノがあった。
期待の若手が育ち、ノムさんの采配がマッチしてヤクルト黄金時代があった。
ノムさんもやや投手力に問題がありながらもこれだけ期待の若手がいたのだから、本音はやり易かったのではないか…?
しかし昨年の金田氏、今年に入ってノムさん、それで関根さん…、プロ野球界の大御所が次々とお亡くなりになり、寂しくなるなぁ…。
ご冥福をお祈りします。

ご冥福をお祈りします。
いつも穏やかな解説しか知らなかったのですが、高木豊さんが関根さんの大洋の監督時代の秋季キャンプで徹底的にしごかれたのが、今の自分を作ってくれた、と言っていたのを聞いて驚きました。

関根さんの解説好きだったなー…。
寂しいです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

ヤクルトファンには、今年は辛いスタートです。

ノムさんも関根さんも、天国に召されました。

師を同時期に亡くした池山さんの心配をする声もありました。

本当に寂しいですね。

今年は、いろんな事を耐えて、乗り越える時なのか・・・

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

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