『狂気の山脈にて』はどんなマンガ?
クトゥルフ神話で知られているH.P.ラヴクラフトの数少ない長編作にして代表作である『狂気の山脈にて』が、田辺剛(『鉄コン筋クリート』や『ピンポン』の松本大洋に絶賛されている漫画家)によって描かれています。
『狂気の山脈にて』は、文豪エドガー・アラン・ポオの圧倒的な影響下から生み出されたとされています。
物語は南極で既に起こってしまった惨劇のあと、何も知らず安否を確かめに行った遠征隊の記録から始まります。
※このあとネタバレが含まれますので、ご注意ください。
1931年1月25日
我々ミスカトニック大学南極遠征隊は、レイク教授率いる12名からなる北西地域調査パーティーの安否を確かめるため、彼らがキャンプ地として報告してきた地点へと向かった。
レイク隊は「驚くべき発見」の打電をしながら、観測したこともないほど強烈な大風が発生した後で、連絡を絶ってしまっていたのだ。
あの大風の被害は甚大だった。
氷粒の渦を伴い、狂ったように吹き荒れた嵐によりレイク隊は壊滅した・・
・・・そう思っていたのだが・・・
※注意 ここから少しえぐいです。マンガでも凄惨な画が続きます。
死体のなかに、奇怪で冷酷で非人間的なやり方でバラバラに切り刻まれていたものがあった。
人間も犬も区別なく、腕のいい肉屋に処理されたように、肉や臓器が切り取られその場から消えていたのだ。
死体のまわりにはなぜか食糧貯蔵庫から持ち出された塩が撒きちらされていた。
レイク教授たちの身に、なにが起きたのか想像すらできなかった。
クトゥルフの神にやられたんだろうな・・・と読んでいて暗い気分になるわけです。
クトゥルフは人間が挑んでも敵う相手ではありません。
レベルが違いすぎるのです。圧倒的に!絶望的に!
出会っただけで、もう終わり。為す術もないくらいに。
私が初めてクトゥルフの神々を知ったのは、栗本薫の『魔界水滸伝』でした。
壮大な、私が今まで読んだ小説の中で一番壮大なスケールの小説で、日本の神様や妖怪たちと人間の連合軍とクトゥルフの神々との戦いが描かれています。(そんな一言じゃ済まないけど!)
強烈な個性の登場人物や、そもそも人間でない存在達の全身全霊の作戦や攻撃も、クトゥルフは無かったことにしてしまい・・・というのも、『魔界水滸伝』の物語の中では、クトゥルフの神々は過去に戻って報復を与え、自分たちの窮地など起こらなかったことにしてしまい。
あぁ!!
もう、どうしたらいいねん!!
ふかーーーーい絶望をあれだけ感じさせてくれる小説ってあんまりないっ。
でも最高に面白いので興味のある人は読んでほしいです。
ところで、私が子どもの頃は“クトゥルー神話”だったのが、いつの間にか“クトゥルフ神話”になっていて軽く驚いたのですが、同じような経験のある人はいないかなぁ。(魔界水滸伝でクトゥルーだったしそれが刷り込まれてる)
マンガではこのあと、悲惨な運命を迎えたレイク教授たち(及び南極大陸調査のために各分野の専門教授が組んだミスカトニック大学の最強チーム)が意気揚々と南極に向かうため準備を整え船に乗船するところから進んでいきます。
19世紀末に始まった「南極探検の英雄時代」と呼ばれる黎明期を超えて、数々の探検家たちの輝かしい業績により、それまで謎とされていた南極の巨大大陸を、人類は徐々に地図に書き込むことが出来るようになっていきました。
今回の南極遠征も、誰もが新しい発見、成果があると確信し、歴史に残る偉業とするべく大きな希望に満ちていました。
上陸し、飛行機を組み立て、画期的な掘削機やダイナマイトを用いて地質調査を勧めていく一行。
天候にも恵まれ調査は順調に進み、地質学的にも生物学的にも、これまでの歴史を変えかねない良質な化石の発見が相次ぎます。
この量では大学に戻って調査するのも大変だぞ・・・
世界中の研究者たちに衝撃を与えることだろうな。
まさにここ南極大陸は、驚きと謎の宝庫だ。
これからどんな発見が・・・
化石の中に、有機的な縞模様の入ったものも見つけます。
最初それは、化石ではなく沈殿層の岩に見られるさざ波模様で、地質学的には珍しくない、と言われたのですが。
「この有機的な縞模様・・・地層の圧迫による変容ではないです!これは・・・相当に進化した大型の・・・これまでの分類のどこにも属さない・・・未知の生命体の跡に違いありません」
じわじわと、読者の心に不安が増していきます。
飛行機で次に調査する地層を見つけるべく、南極の空に飛び立ったレイク教授やダイアー教授。
ここでダイアー教授たちは不気味な蜃気楼を目撃します。
『狂気の山脈にて』で有名な場面の一つです。
驚いたな・・・・・なんだあの風景は・・・
蜃気楼はどこかの景色が密度の異なる大気に映る現象だろう?
まさかあんな太古の遺跡のような場所がどこかにあるというのか・・・・・
ありえない景色を見ています。
また、じわじわと読者は嫌な気分に。
一方レイク教授は、縞模様の石に取り憑かれたようになっており、発見地点から更に北西の方向へ調査を進めます。
ダイアー教授に調査隊全体の計画を変更させてまで、自分の北西探検の許可を取るのでした。
犬ぞりで北西方向にどんどん進んでいくレイク教授たち。
時間が惜しいあまり、危険な氷河の尾根を強引に犬ぞりで進み、途中犬ぞりは尾根を落下してしまいます。
犬がそりの下敷きになり絶命し、助手のゲドニーがまだ生きている犬がいることを伝えますが、
「ケガをした犬は置いておけ。時間が惜しい」
レイク教授の目に功名心か狂気かわからないものが宿っているように見えるのが、あー、レイクもうダメだなと思わせるんですが。
北西方面に例の縞模様の石が広がっていることを確信したレイク教授は、調査隊全体の計画を変更し、北西方面への調査に絞るべきだとダイアー教授に提言します。
ダイアー教授は慎重に、
「確かにこれだけ広範囲に出たということは地質的な変容による縞模様ではなさそうだ。しかし先カンブリア紀にこんな大型の生命体がいたというのはあまりに飛躍した推測だと私は思う。大学にこれらの標本を送り炭素測定など詳細な調査をしないと判断は・・・」
もちろんレイク教授は聞き入れません。
「他の探検隊がいくつも南極に来ている!そんな悠長なことを言っていられない!」
レイクやダイアー以外の教授たちも意見を述べますが、最終的に、
「焦りは禁物だ。とにかく今日のところは休息し、改めて遠征計画全体の検討をしよう」
ダイアー教授がそう言い渡します。
うなだれて「検討・・・」とつぶやくレイク教授。次のセリフは、
「私が北西調査をしている間にあなたがたで好きなだけ検討すればいい!私は一週間の別行動をさせてもらう」
出発前に
“どうも天候が荒れそうだ。まだはっきりはしないが気圧や気温が少し異常”
調査中に
“観測できないほど巨大な寒冷低気圧が発生している。ベースキャンプに引き返せ”
たびたび天候に関する忠告を受けても調査を続けるレイク教授。
絵に描いたように調子に乗ってる様子が続きます。
それからレイク教授は漆黒の山脈(これが狂気山脈ですな。確かエベレストより高い山々が果てしなく続く)を見つけます。
「ダイアーに打電・・・・・我々は今世紀最大の発見をした!南極大陸の奥に漆黒の山脈あり!」
さらに、レイク教授たちは洞窟の中でヤバいものを発見してしまいます。
核心というか。
それが惨劇に繋がるわけですが、その詳細は2巻で。
はっきり言って、かなりおぞましいです。
グロテスクやスプラッターが苦手な方は要注意。
恐怖の質
H.P.ラヴクラフトが著した“クトゥルフ神話”はコズミックホラーと呼ばれていて、よく宇宙的恐怖と訳されます。
いわゆる人間の幽霊や宗教観から生まれた悪魔、結局生きてる人間が一番怖い等を廃した、外宇宙や異次元から飛来した、対話も理解も不可能な、根源的に異質な存在が恐怖の中核となっているのです。
キリスト教圏の人たちには、このキリスト教的価値観が通用しない世界の圧倒的異質な存在が本当に恐怖らしいです。
それを思うと、日本人はまたちょっと違うような。
日本は色々な宗教が混じり合い、また、八百万の神様を受け入れている文化です。
妖怪もたくさん生み出しています。
怪獣も世界に広めました。
ドラクエやファイナルファンタジーなどRPGも盛ん。
だからかな?
クトゥルフの神々の話を読んで、ワクワクしてるんです。
邪悪なモンスターの描写を楽しんでいるかのよう。
実は私も、クトゥルフのナイアルラトホテップとかツァトゥグァとか聞くとウキウキします。
ただ、外国人とクトゥルフ神話の話をしたことがないので、どれだけ彼らと日本人である自分の考え方に相違があるか、実際に感じたことは無いのですが。
映画化はあるの?
映画『パシフィック・リム』(太平洋の海底から次々と現れる怪獣に、兵士二人がペアとなって巨大ロボットを操縦して立ち向かう姿を描く)のギレルモ・デル・トロ監督が長年映画化を切望しているそうです。2010年に一度はジェームズ・キャメロンのプロデュースで制作開始と報じられたが、実現には至っていません。
まとめ
これまで、様々な作家やクリエーター達が影響を受け、数々のオマージュ作品が作られてきたラヴクラフトのクトゥルフ神話ですが、最近は日本でTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)が広まって、そこでもクトゥルフ絡みのシナリオはたくさんあります。
私も、初TRPGがクトゥルフのシナリオでした。
今回ご紹介したマンガ、『狂気の山脈にて』のTRPGシナリオも高い人気を誇っています。
これからもまだまだ色々なジャンルで、クトゥルフと共に想像を膨らませる機会がありそうです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。